こんにちは。
「書籍独学ブログ」の「ナル」でございます。
今回の記事の内容は「ネットカフェについての考察」です。
私が「ネットカフェの店舗を見たときの違和感」を書いていきます。
息抜きにどうぞ。
■考察1、社会生活に疲れたときに、必要な場所
考察のひとつめは「社会生活に疲れたときに、必要な場所」です。
わたしがネットカフェを外からのぞいたときに感じたのは、疲れた顔の人が多いということです。
コロナの影響もあって、密閉空間の店舗は軒並み閉店ラッシュになっています。
しかし、ネットカフェに至っては、ぜったいに「なくてはならない」と考える人はいます。
なぜなら、さきほどもいったコロナの影響があるにもかかわらず、駐車場や駐輪場には多くの利用者がいました。
感染リスクはあっても、どうしても「必要な場所」として活用されているのだと推察しました。
考えてみると、密閉空間でありながらも知り合いはいないという特別な空間。
またネットや漫画など、エンタメ系の環境はととのっています。
自宅でも楽しめると思いきや、利用者はけっこうな数はいる。
もしかしたら、自宅でも友達の家でもない「特別な場所」を必要としているのではないか、わたしにはそう見えました。
■考察2、自宅でひとりになりたくないときに、ちょうどいい
考察ふたつめは、ネットカフェという場所は「自宅でひとりになりたくないときに、ちょうどいい」です。
いまは不景気だコロナだ将来に見通しは立たないはで、はっきりいってお先真っ暗。
不安で不安でしかたないときに、自宅でひとりっきりの生活をしていて救われますか?
わたしなら、気晴らしでもいいからと散歩に出かけたくて仕方なくなる。
しかし、近場にネットカフェがあったら、まよわずに行っています。
なぜなら、かならず「他人がいるところ」だからです。
他人がいるからこそ不便なことはありますが、ひとりではなくなります。
自分と同じような人がほかにもいるんだという「安心感」を得ることができるのも、ネットカフェ利用の心理にあると考えています。
自分と同じ考えを持った人が、自分以外にもたくさんいるんだという「孤独感の解消」にも一役買っているのがネットカフェではないでしょうか?
■考察3、熱中できる「なにか」を求めて
考察みっつめは、ネットカフェに行きたくなるのは「熱中できる「なにか」を求めて」ではないかということ。
当たり前ですが、ネットカフェは「時間をつぶせる楽しみ」がたくさんあります。
ネットを使って動画を見続けるのができるのはもちろん、店舗によっては大量の漫画本が取り揃えられています。
だからこそ、ネットカフェにはいつでもお客さんがたくさん来ます。
考察のふたつめに書いた「自宅でひとりになりたくないときに、ちょうどいい」にも共通するのは、不安なことを考えたくないということです。
あらゆるエンタメがあるネットカフェで、不安なことを考えなくていい「熱中できる「なにか」」を探しているのではないでしょうか。
嫌なことばかり起きる現実をなんとかしようと悩み続けるよりも、好きなこと楽しいことに熱中していたいのは誰もが共感するところです。
だから、趣味の物しかない世界=ネットカフェに人は行きたくなっています。
年齢関係ない「老いも若きも」にとってネットカフェは、人生のセーフティーゾーン=安全地帯化しているのでは。
■まとめ
いかがだったでしょうか?
ここまでの話しをまとめると、
- ■考察1、社会生活に疲れたときに、必要な場所
- ■考察2、自宅でひとりになりたくないときに、ちょうどいい
- ■考察3、熱中できる「なにか」を求めて
の以上3つです。
今回は「ネットカフェへの考察」でした。もっといえば、わたしの個人見解です。
しかし、見ていて思うのです。
ネットカフェという「過ごすための空間」は、出来るべくして出来たのではないかと。
現代人類にとって、ただの空間も必要になっているのではと。
わたしの独断と偏見ではありますが、そう考えています。
今回は以上で終わります。
みなさま、ごきげんよう。



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